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東京高等裁判所 平成3年(ネ)451号 判決

控訴人

髙岡富治

右訴訟代理人弁護士

植木敬夫

被控訴人

フクオカ物産株式会社

右代表者代表取締役

福岡勇

右訴訟代理人弁護士

太田耕造

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

一当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

二事案の概要

本件は、土地の賃貸人である被控訴人が、正当な事由が存在し、賃貸借契約が終了したとして、土地の賃借人である控訴人に対し、建物収去土地明渡しを請求したところ、原判決がこれを認容したので、賃借人から控訴があった事案である。

その他は、次のとおり、訂正付加するほか、原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表四行目の「表示」の次に「等」を加え、同一〇行目の「被告に」から同一一行目の「した」までを「控訴人による本件土地の使用継続に対し、遅滞なく異義を述べた」に改める。

2  同三枚目裏二行目の冒頭から同七行目の末尾までを削り、同八行目の「六」を「五」に改め、同九行目冒頭から同一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「1 被控訴人の主張

被控訴人は、訴外八富ホーム株式会社(以下「訴外八富ホーム」という。)から賃借した建物に事務所を設けているが、現在、右訴外人の求めで建物を明渡さざるを得ない状態にある(東京地方裁判所で明渡しの判決を受けている。)ので、本件土地上に建物を新築して事務所に使用する計画であり、本件土地を使用する必要があるものである。

被控訴人は、正当事由の補完として、四億五〇〇〇万円の立退料を支払う用意がある。

したがって、期間満了後の控訴人の本件土地使用継続に対し被控訴人が述べた異議には、正当事由がある。

2  控訴人の主張

控訴人は、昭和二三年八月ころ、本件土地上の本件建物を借地権付きで買い受け、以来、この建物に居住するとともに、靴販売の営業をし、右収入で生計を立ててきたものであり、生活を維持していくために、今後とも、本件土地を使用する必要がある。

したがって、被控訴人の異議には正当事由がない。

三争点に対する判断

1  前記争いのない事実に、〈書証番号略〉、控訴人本人及び被控訴人代表者福岡勇の各尋問の結果(いずれも、原審及び当審)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、従業員二二、三名を使用し、リゾートマンションの開発等の事業を営む会社であるが、訴外八富ホームが、訴外株式会社ヤナバ(以下「ヤナバ」という。)から賃借した東京都中央区新富一丁目所在の建物の二階約70.56平方メートルを、右八富ホームから賃借して事務所として使用していたところ、右ヤナバが提起した訴訟において、平成四年二月二一日、右建物の明渡しを命じる判決の言渡しを受けたため、その後間もなく右建物を明渡し、現在新橋のビルの一部(約一二、三坪)を借受け、事務所を移転して営業を続けている。

被控訴人には、自己を含めて関連会社が七社あり、全員で約四四、五名の従業員を使用している。

(二)  被控訴人は、本件土地を、前記のとおり、昭和六三年一月、訴外シャトレックスから譲り受けて(同年一月二六日所有権移転登記)所有する。被控訴人は、昭和六二年一〇月ころ、右シャトレックスが本件土地を買うために訴外株式会社大誠企画から融資を受けた二億円の債務の連帯保証をしたところ、右シャトレックスが倒産に瀕したため、右保証債務の履行として訴外株式会社大誠企画に二億円を返済したが、被控訴人は、これにより右シャトレックスに対し、同額の求償権を取得し、右シャトレックスに貸し付けた一億円の債権と合わせて合計三億円の債権を右シャトレックスに対し有することとなり、右債権の代物弁済として、本件土地を右シャトレックスから取得したものである。被控訴人は、本件土地に借地権が設定され、店舗用の建物があることは知っていたものである。

(三) 被控訴人は、本件土地の利用方法として、昭和六三年九月ころ、隣接土地の所有者との共同ビルの建設及び被控訴人単独で関連会社を収容できる本社ビルの建設を計画し、それぞれのビルについて建築計画図を作成したが、共同ビルは、隣接地所有者の協力の見込みがないので、現在は、本社ビルの建築をしたい意向である。被控訴人は、右本社ビルとして、各階の床面積22.4平方メートル位、専用面積15.7平方メートル位の五階建の事務所ビルを考えている。

(四) 控訴人は、前記のとおり、昭和二三年ころ、本件土地上の木造建物を借地権付で買い受け、以来、同所に家族と居住するとともに靴の販売店を営んできたが、この間、昭和三三年ころ、右建物を本件建物に改築した。控訴人の家族は、妻、二子及び孫であり、控訴人(大正一〇年一月二〇日生)は、高齢であるが、妻子の協力を得て営業を続け、その収入(月額売上額三〇〇万円位、利益額九〇万円位)により、家族の生計を維持しており、長く住んだ本件土地で居住し営業を続けることを強く望んでいる。控訴人は、東京都荒川区南千住六丁目二〇五番地二一に宅地53.32平方メートルを所有し、四台分の貸駐車場として利用して若干の収入を得ている。控訴人は、自己の住居用の四階建のビルの建築計画書を作成のうえ当裁判所に提出しているが、未だ具体的な実行段階にはない。また、四億五〇〇〇万円の立退料を得ても、同一条件の店舗を本件土地周辺に得ることは困難である。

(五) 本件土地は、地下鉄銀座線銀座駅の南西約一〇〇メートル、店舗・事務所が連なり、人通りの多いすずらん通りに面し、近隣は中高層ビル街の商業、防火地域である。

2  以上の事実によると、被控訴人は、本件土地上に本社ビルを建築して、事務所を設ける意向であることが認められるから、被控訴人の自己使用の必要性は一応肯定することができ、また本件建物は、改築後既に三〇年余りを経過した木造建物であるうえ、本件土地は、銀座の商業地域、防火地域内にあるから、土地の有効利用、地域開発の点からも、本件建物に代えて、被控訴人の計画するような耐火性のあるビルを建てることは、地域性に適うものと言えないでもない。(もっとも、被控訴人の計画する規模のビルの建築が、本件土地の有効利用や周辺地域の開発に大きく役に立つとも認められないから、この点はそれ程重視することはできない。)

しかし、被控訴人は、本件土地上に借地権が設定され、建物が存在することを認識しながら本件土地を取得したものと見られ(売主から、補償をすれば建物の所有者は多分立ち退くであろうと聞いたと被控訴人代表者は供述する(当審)が、それが推測の域を出ないことは右供述自体から明らかである。)、事務所ビルの建築の計画も、偶々代物弁済により本件土地を取得したところから想到するに至ったものであり、前示のようなビルの規模も、被控訴人の本社及び関連会社の事務所として使用する上で適当かどうかには疑問が残るものである。また、被控訴人にとって他の場所のビル内に借受けた事務所で営業することが不都合である事情は認められず、被控訴人の事務所を設置する場所がどうしても本件土地でなければならないとまで認めるべき事情は窺えない。そうとすると、被控訴人の本件土地使用の必要性はそれ程強いものであるとは認め難い。

他方、控訴人は、四〇年余りにわたって本件土地を居住及び営業の場所として使用し、前示の営業収入を得て、それにより自己及び家族の生計を維持し、今後も同様に営業を続ける意思を持っているものであり、既に高齢であることを考えると、都内荒川区に自己所有の土地を有するとはいえ、同地が控訴人の営業の立地として本件土地に比べるべくもないことは明らかであり、他に現在程度の収入を確保することのできる場所を得ることは困難であるから、控訴人の本件土地を使用する必要性は切実なものがあると認められる。

そうとすると、控訴人の本件土地の使用の必要性は極めて強いものがあり、これに対し被控訴人の使用の必要性はそれ程強いとは言い難いものがあるから、控訴人は、四億五〇〇〇万円という高額の立退料提供の申出をしており、右金額は、本件土地の更地価格とされる五億五四〇〇万円(〈書証番号略〉)の約八三パーセント余りに当るけれども、右金額でほぼ同じ条件の借地を求め店舗を開店することは困難であること(当審における控訴人本人の供述)に、前示のような被控訴人の本件土地取得の経緯を考えると、右金額の立退料提供の申出では、正当事由が補完されるものとは認めがたく、結局、控訴人の本件土地の使用継続に対し被控訴人が述べた異議について正当事由が充足されるものとは言えない。

したがって、その他の点について判断するまでもなく、本件賃貸借契約終了に基づく、被控訴人の請求は、いずれも、理由がない。

四よって、原判決中、被控訴人の請求を認容した部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 宗方武 裁判官 水谷正俊)

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